なぞちゅうのはてなブログRX

30代の特撮好き。特撮以外も雑多に好き。好きなモノを好きな時に色々書くブログ

震災と原爆

今日はそうあの東日本大震災から1年たった日だ。

映像を見るたびに凄いことが日本で起こったんだと改めて感じる。
そして、あの日を境に日本は変わったと言われている。

たしかに遠く九州の地で関東、東北の方々の安否を思ったし
自分の知り合いの無事に安堵した。
それからの計画停電とか僕らは非日常を数カ月味わうことになる。
この1年間、被災地の人達は本当に大変だと思う。

そんな日に自分は車のバンパーを擦ってしまった。
擦った瞬間は心がへこんだけど、当たり前だが死ぬほどじゃない。
実際1年前の今日に生きたくても突然亡くなった人がいるのだ。

タイトルの原爆。
僕は長崎の出身では夏休みには必ず登校日があった。
それは8月9日の長崎に原爆が投下された日だ。

その日はみんなで原爆の犠牲者になった方に黙祷を捧げる。
平和記念式典もニュースになるので見た方は多いかもしれない。

僕らはずっと毎年学校に登校して黙祷を捧げてきた。
多分これから2年3年と年数を重ねていくうちに風化はしないだろうが
扱いが今日のテレビの特番の様に猫も杓子も追悼番組では無くなるだろう。

ただ地震があった現実はこれから毎年やってくる。
岡田斗司夫さんのブログで日垣隆さんのメルマガの引用が載っていたが
「黙祷するなら金送れ!!」への共感
確かにお金を送るのが一番現実的だし被災された人は有効だと思う。

ただ、黙祷する心は悪いわけじゃないと僕は思う。
僕らがどう考えて黙祷するかが一番問題だと思うんだ。
いつ僕らは被災された人達側に回るかわからない。
その時に僕は、私はどうしたらいいのか?
そのことについて今日3月11日を考える日にしたらどうだろう?
今からこれから僕らはどうするか個人個人で考えて行動するようにしませんか?

自分は上に書いたとおり長崎に生まれて原爆式典に出るたびに
少なからず俺はそんな時代に生まれなくてよかったな。とか
被曝の恐ろしさとかを僕なりに考えることは出来た。

毎年8月9日は僕の中では自分の思い出とその考えが思い出されてくる日だ。
僕と同じようにしろとは言わないけど、
ちょっとだけ今から自分は何をしたらいいのか。
被災した人達にどうするべきなのかを考えてみませんか?

多分被災した人達からしたらそんな想像よりももっと大変だし、
辛いと言われるかもしれない。

ただここで僕らが感じて考える事は決して
無駄ではないんじゃないかな?

決して風化させないこと。
語り継ぐことの大切さ。

それはたぶんそれぞれの考えがあるだろうが、
きっと大切なことなのは間違いないと思うのだ。